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盛岡地方裁判所 昭和29年(行)11号 判決

原告 村上和子

被告 大船渡市猪川地区農業委員会

主文

被告が原告に対し猪川開拓農業協同組合のために別紙第一目録記載の土地につき昭和二八年一一月一三日付猪農委指令一六九号をもつてなした利用権設定の裁定処分、同第二目録記載の土地につき昭和二九年一月二八日付猪農委指令一一号をもつてなした利用権設定の裁定処分はいずれも取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(原告の請求の趣旨)主文同旨

(原告の請求原因)

一、別紙第一、第二目録記載の山林は、原告の所有である。

二、被告は猪川開拓農業協同組合の申請にもとづき、同組合のために、次のとおり利用権設定の裁定をした。

第一回昭和二八年一一月一三日付猪農委指令一六九号により別紙第一目録記載の土地すなわち別紙図面表示青線で囲繞の地域に、期間昭和二八年一一月一二日から十年、利用内容そのうち同図面表示A地域二町一畝一一歩については自家用の肥料・飼料又は敷料とするための草又は落葉の採取と耕作の事業に附随して飼育する中小家畜の放牧、その他の地域四町二反五畝二五歩については自家用の燃料とするための枝、落葉の採取と耕作の事業に附随して飼育する中小家畜の放牧。

第二回昭和二九年一月二八日付猪農委指令一一号により別紙第二目録記載の土地すなわち別紙図面表示青線で囲繞の地域以外の地域に、期間昭和二九年一月二五日から昭和三八年一二月三一日まで、利用内容そのうち別紙図面表示B地域等一〇町七反六畝歩については自家用の燃料とするための枝落葉等の採取と自家用の肥料・飼料又は敷料とするための草又は落葉の採取、その他の地域六町七反一畝二六歩については自家用の肥料・飼料又は敷料とするための草又は落葉の採取。

第一回の裁定書は昭和二八年一一月一五日、第二回の裁定書は昭和二九年一月三〇日それぞれ原告に送還された。

原告はこれに不服であつたので第一回の裁定に対しては昭和二八年一一月一七日、第二回の裁定に対しては昭和二九年二月二日岩手県知事に訴願したが、いずれも昭和二九年七月一六日棄却された。

三、右第一、二回の利用権設定裁定には、いずれも次のような瑕疵があり違法であるから取消を求める。

(A 手続上の瑕疵)

1  猪川開拓農業協同組合は、原告に対し利用権設定について農地法二六条一項所定の協議を求めなければならないのに、原告親権者村上正平は協議を求められたことがない。

第一回の利用権設定の際、右組合の代理人らが原告宅にきたことはあるが、当日原告宅に村上正平が代理店をしている三井生命保険株式会社の本社員が来訪しており事務多忙であつたので、同人においてその話は後にしてくれないかといつたところ、代理人らは納得して帰つたに拘らず、その後遂に協議を求めないものであり、又第二回の利用権設定の際には、組合の代理人らは原告宅にはいらず屋外から声を掛けたのみでくわしく来意も告げず立去つたものである。これでは農地法二七条にいう「協議が整わない場合」にあたらないし、又原告親権者は不在者でもなく、その他協議をすることができない者でもないのだから「協議をすることができないとき」にもあたらないのである。

2  原告の親権者である母阿部つきのは、親権者として前記各利用権設定について全然無視され、被告から協議の承認について農地法二六条三項の意見を求められたこともなければ、同条四項の承認の通知をうけたこともなく、又設定裁定について同法二八条の通知をうけたこともなく、又同条の意見書提出の機会を与えられたこともなく、更に同法三〇条の裁定の通知をうけたこともない。又利用権設定者の猪川開拓農業協同組合から協議を求められたこともない。以上必要な前提手続を欠く裁定であるから違法である。

(B 主体についての瑕疵)

3  前記各裁定には不適格者に利用権を設定した違法がある。

農地法二六条は利用権を取得する主体を「耕作の事業を行う者」と規定している。同法一条の法文に照らして考えるならば、自ら現実に農地を耕作するものを指称すること明らかであるところ、猪川開拓農業協同組合は自ら耕作の事業を行う者ではないから取得資格がない。農地を所有して耕作に従事しているのはその組合員であつて、組合自体は耕地をもたず又なんら耕作をしていないのである。

又猪川開拓農業協同組合の組合員は殆んど開拓に従事してない。専ら本利用権設定を目的として組織されたものであり、利用に名をかり徒党を組んで他人の土地を侵さんとするものであつて、利用権設定の申請は不純であり偽瞞である。

(C 対象についての瑕疵)

利用権設定の土地は、少くとも利用内容に適合する土地でなければならないことは、農地法の全趣旨に照らして明らかである。

4  農地に対して利用権を設定した違法がある。

別紙第一目録記載の土地中、一五番の三山林五町一反四畝二七歩は、そのうち一反一畝八歩が現況畑であるから、同山林についての裁定(少くとも畑地の部分)は違法である。右土地は前管理者明石国太郎が農地法施行前の昭和二〇年春頃開墾して畑にし耕作してきた農地であつて、原告は昭和二七年一一月七日分筆ならびに地目変換の手続をし、昭和三〇年一〇月一二日その旨の登記を経由した。

5  森林法で保護される森林に対して利用権を設定した違法がある。

別紙第一、第二目録記載の山林は森林法で保護される森林である。

6  利用不適地に利用権を設定した違法がある。

別紙第一、第二目録記載の土地は、全山杉・松・落葉松が植栽されており、地形嶮峻傾斜角度急であつて草種不良採草・放牧に適しない。右土地は採草放牧地として利用するよりも完全造林地として利用する方が国家的にも有利であり、農地法一条の農業生産力の増強の目的に副うものである。

放牧地として利用権を設定された地域の大部分は七年生の落葉松の植栽地域であるから、放牧は必然的に幼齢樹に害があり、又造林育生管理のための根払いと家畜飼料等の採草との間には時期的にも開きがあるから、採草地と造林地との両立も困難である。

又、猪川開拓農業協同組合の組合員は概ね前記山林の所在する久名畑以外の部落に居住しているから事実上利用に困難であり、従つて同人らにおいて従来慣行又は契約によつて、採草・放牧・枝葉等の採取をしたこともないのである。

(D 必要性欠缺の瑕疵)

7  前記利用権の設定は、猪川開拓農業協同組合及び同組合員に必要のないものであるから農地法二六条一項に反し違法である。

すなわち猪川地区には牛馬一六九頭が飼育されているが、放牧地三四九町九反九畝二九歩、採草地一六四町六反一〇歩があり、地区民はこれらに自由に放牧・採草をすることが許されているから各種の需要に充分であつて、原告所有の土地を必要としないのである。現に利用権設定後採草等をしたものは一人もないのである。

(E 生存権侵害の瑕疵)

8  原告は別紙目録記載の山林以外に不動産及び重要な動産を所有せず、将来右山林内に住家を建て専ら造林によつて生計を維持せんとするものであるから、このような利用権の設定は原告の生活に甚大な脅威を与えるものである。

すなわち、無秩序に樹木の枝条を採取することはその生育に障害を与えるばかりでなく、林間において採草・放牧することによつて、或は幼齢樹を伐採・踏倒・噛食する等甚大な被害を蒙るべきは自明の理である。

(被告の答弁)

一、二の事実は認める。

三原告主張のような違法はない。

1  原告主張の山林に対する利用権設定の協議については、利用権の設定を受けようとする猪川開拓農業協同組合代表者組合長鈴木又一らから原告親権者村上正平に対し協議を求めたのに、同人から協議に応じられない旨意思表示がされたために協議することができなかつたものであつて、その間の事情は次のとおりである。

第一回の利用権設定の際には、右組合の協議承認申請に対して昭和二七年一〇月一六日被告は承認を与え、組合長鈴木又一に通知したので、一二月六日右組合長から村上正平に対し「一二月九日午後二時より旧役場の建物において協議したいから出席して貰いたい」と書面で通知したところ、「その日は都合が悪いから、改めて一週間位前に通知されたい」との回答があつたので、更に一二月一〇日付書面で「一二月一二日午後七時村上正平宅で協議したい」と通知したところ、一二月一一日付書面で「本件土地は住宅敷地酪農経営・畑地開墾、残余は植林の予定地であるから利用権設定を承諾することはできない」と回答があつたものである。

第二回の利用権設定の際には、被告は前記組合に対し昭和二八年一二月一一日協議の承認をし即日組合に通知したところ、組合長鈴木又一と組合員中川寅雄、佐々木敬五郎の三名が組合を代表して一二月三一日午前八時二〇分頃、原告親権者村上正平宅を訪問したところ、正平は在宅であつたので鈴木又一らが玄関内にはいろうとしたが正平はいれようとせず、鈴木又一が「村上和子の山の利用権設定の協議にきた」と話したところ、「協議にもなにも応じられない」と答え「勝手にしやがれ」といつて立去つたものである。なお、これよりさき、村上正平は被告に対し昭和二八年一二月二五日付「農地法二六条一項の規定による利用権設定申請の承認に対する異議」と題する書面を提出して「協議を求められても応じられない」と回答してきている。

2  原告の親権者は父村上正平のみであつて、母阿部つきのは親権者ではないから、前記利用権設定の手続には原告主張の瑕疵はない。

3  農業協同組合が、耕作の事業を行う組合員のために利用権を取得しうることは、農地法三一条の明定するところであり、前記利用権の設定は猪川開拓農業協同組合が、組合員のために利用権を取得する必要があり、組合の適当な管理の下に組合員に共同利用させることが望ましいので、右組合を利用権の権利主体として裁定したものであつて違法ではない。その余の原告主張事実は否認する。

4  別紙第一目録記載の土地中一五番の三山林五町一反四畝二七歩について昭和二七年一一月七日分筆及び地目変換の手続がされたことは認めるが、利用権設定の裁定時においては右分筆及び地目変換について登記手続がされていなかつたばかりでなく、右分筆及び地目変換の申告はいずれも虚偽の申告であつて、現況地目畑の部分が五畝二五歩に過ぎなかつたのに一反一畝八歩と過大の申告したものである。利用権設定の裁定に当つては、現況畑の部分を実測したところ五畝二五歩あつたので、これを利用権設定の対象から除外して手続をしているから、農地について利用権を設定した違法はない。

5  別紙第一、第二目録記載の山林はいずれも普通林であつて森林法の適用がなく、同法によつて保護される森林ではない。

6  別紙第一、第二目録記載の土地中、採草地・放牧地として利用権を設定した地域は、三〇度程度の傾斜地であつて採草は容易であり、又かりに用材林経営を可とすべき部分があり又現に用材林が存在しても、農地法二六条一項二号、三号に適合するものであれば利用権を設定しても違法ではない。又四号該当として利用権を設定された土地にも、緬羊、山羊等の小家畜を繋留放牧する趣旨であるから、幼齢林その他の樹木にはなんら影響を及ぼすものではない。

猪川開拓農業協同組合の組合員は現に自家用の肥料、飼料及び敷料とするための草及び落葉を採取しており、特に萩等の良草については多量(反当一〇〇貫位)の採取を行つており採草地として不適地ではない。

組合員中、大船渡市猪川町久名畑部落民は古く明治初期に稲沢泰見の所有であつた頃から慣行として下草・落葉等の採取を行つてきたものである。

かりに従来慣行又は契約による使用がなかつたとしても、前記利用権の設定は農地法二六条一項二号乃至四号によるものであつて、一号によるものではないから違法ではない。

7  前記利用権設定は、猪川開拓農業協同組合の組合員にとつて必要である。すなわち利用権設定当時における組合員七二名中、山林・原野を所有するものは僅か一九名(所有面積三五町余)にすぎず、そのうち採草適地は小面積で、組合員の飼育する乳牛二九頭、役牛三一頭、馬七頭その他緬羊、山羊等の飼料・敷料を確保することは困難であり、又猪川地区にある市有山林原野は、組合員の居住する部落から二里乃至三里の奥地にあつて一日一回の往復しかできないような遠距離でかつ採草適地がなく利用に適当でない。利用権設定当時猪川地区には、乳牛七〇頭、役牛一〇五頭、馬三五頭外に緬羊、山羊等多数あつて猪川地区内において自給不可能のため、飼料を他町村から購入補充している状態である。又大船渡市乳販売工場が設置され、ますます酪農経営が発展する傾向にあるから乳牛の増加は必至であつて、採草地の拡張は当然必要である。

8  原告とその親権者村上正平とは同一世帯であつて、原告所有山林は二四町六畝五歩であり、正平所有山林は二二町三反五畝歩で合計四六町四反一畝五歩を所有しており、猪川町及び下権現堂部落内においては上位の生活を営むものであり、前記各山林に利用権が設定されても、それは原木の処分を目的とするものではなく、単に枝落葉、草の採取と小家畜の繋留放牧にすぎないから原告の生活になんら影響を与えるものではない。

(証拠省略)

理由

原告が主張する請求原因一、二の事実は当事者間に争がないので、以下三の違法事由について順次検討を加える。

1  (協議をへてないとの主張について)

証人鈴木又一の供述に成立に争のない乙第三、第一一号証を綜合すれば、第一回の利用権設定に際し猪川開拓農業協同組合から原告親権者村上正平に対し協議を求めたのに対し、被告主張のとおりの経過で村上正平から応じられない旨回答した事実を認めることができ、証人鈴木又一、中川寅雄の各証言に成立に争のない乙第八、第二二号証を綜合すれば、第二回の利用権設定に際し被告主張のとおりの経過で組合からの協議の求を村上正平が拒否した事実を認めることができる。右認定事実は農地法二七条にいう「協議することができないとき」にあたるというべきであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  (母阿部つきのが親権者として無視されたとの主張について)

原告が昭和一三年四月三日父村上正平、母阿部つきのの間に出生し、同月一三日父村上正平が庶子女出生の届出をして同人の戸籍に入籍させた事実は弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。旧戸籍法八三条前段によれば、父のする庶子出生届は認知届出の効力を生ずるから、届出以来原告は旧民法八七七条によつて父村上正平の単独親権に服してきたわけであるが、昭和二二年五月三日「日本国憲法の施行に伴う民法の応急措置に関する法律」六条一項の規定によつて父母共同親権になり母阿部つきのの親権にも服するに至つたのである。もとより新民法(昭和二二年法律一二二号)附則一四条の規定によつて協議又は審判によつて父母いずれか一方の単独親権とすることも可能であるが、右の協議又は審判があつたことを認めうるものがないから、本件裁定当時は原告の親権者は父村上正平と母阿部つきのの両名であつたといわなければならない。

そして成立に争のない甲第一、第二号証、第七号証の一一、一四乙第三号証、第四号証の一、第八号証、第九号証の一に本件弁論の全趣旨を綜合すれば、阿部つきのは本件利用権設定について親権者であることを全然無視され、被告から協議の承認について意見を求められたこともなければ、承認の通知をうけたこともなく、又設定裁定について農地法二八条の通知をうけたこともなく又同条の意見書提出の機会を与えられたこともなく、更に同法三〇条の裁定の通知をうけたこともない、一方利用権の設定を受けようとする猪川開拓農業協同組合から協議を求められたこともないことを認めることができる。これらは裁定に必須な前提手続であるから、これを欠く本件第一、二回の利用権設定裁定は共同親権者の一人正平に対し前示のような手続がなされてもいずれも違法であり取消を免れない。この点において原告の主張は理由がある。

3  (主体適格がないとの主張について)

農業協同組合が利用権の主体となりうることは、被告主張のとおりである。

証人鈴木又一の証言に成立に争のない乙第一八号証を綜合すれば、猪川開拓農業協同組合は昭和二四年中に食糧増産のために開拓事業や共同農事施設の設置・農作業の協同化等を目的として設立された農業協同組合であることが認められ、被告代表者、鈴木勝三郎の供述によると、組合員は三〇余町歩の開墾に従事しており現在既に三分の二を完成している事実が認められるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

4  (農地に利用権を設定したとの主張について)

成立に争のない甲第八号証の一乃至四、によれば原告は昭和二七年一一月一二日大船渡市役所に対し、別紙第一目録記載一五番の三山林五町一反四畝二七歩のうち東北隅を一五番の四山林一反一畝八歩と分筆した上一五番の四の地目を畑に変換する旨申告し、昭和三〇年一〇月一二日その旨の分筆登記を経由した事実を認めることができるが、検証の結果に成立に争のない乙第四号証の一、二被告代表者鈴木勝三郎の供述を綜合すると、第一回の利用権設定の裁定をした当時、一五番の三の東南隅の畑の広さは実測の結果五畝二五歩であつて(これに反する原告親権者村上正平の供述は措信しない)この部分は裁定通知書の上で明らかに利用権設定の対象から除外されている事実を認めうるからこの点に関する原告の主張は理由がない。

5  (森林法で保護される土地に対して利用権を設定したとの主張について)

別紙第一、第二目録記載の土地が森林法によつて特別の規整をうける保安林又は保安施設地区であるとの立証がないからこの点についての原告の主張は理由がない。

6  (利用適地ではないとの主張について)

検証の結果によれば、別紙第一、第二目録記載の土地のうち別紙見取図表示のA及びBの地域は刈払いをし火入れをした土地であり、それ以外の地域は落葉松(八年生程度の幼齢樹)杉の造林地や雑木の薪炭林であつて、比較的平坦なA地域を除いた外は平均勾配三五度の傾斜地で地形概ね急峻であることが認められる。

そして鑑定人船越昭治の鑑定の結果によれば、本件各土地の土壤は粘板岩の風化礫で形成されていて崩潰しやすく、一齊刈払いを行い火入れ作業を継続するとときは土地保全上憂慮すべき事態が発生する危険性があること、一方腐蝕層は二寸五分乃至三寸とかなり発達し地味概ね良好であつて造林に適していることが認められる。

よつて別紙第一、第二目録記載の土地はA地域を除いては造林地及び薪炭林として利用することが最も適当であるというべきである。

又同鑑定の結果によれば、たとい中小家畜にしても幼齢林内における放牧(放牧地として指定された地域は、前記A地域を除いては八年生程度の落葉松の植林地帯であることは、甲第一号証の付属図面と検証の結果との対比により明らかである)は、土壤・地床条件の悪化によつて土地生産力を低めかつ最も成長率の旺盛な期間の生成が阻害される結果、立木は材質・形質ともに悪影響をうけること、又幼齢林の根払い下草刈等の時期と飼料・肥料・敷料とするための草の採取との時期が違うため、幼齢林に対するこれら利用権の設定は好ましくないことが認められる。

以上の認定を綜合すれば、A地域と薪炭林の地域(別紙見取図参照)に対する本件利用権の設定は適当であるが、その余の地域に対する利用権設定は不適地を適地と認定した違法が存するものといわなければならない。

7  (必要性がないとの主張について)

成立に争のない乙第一五号証によれば、本件利用権設定直前である昭和二八年一一月に、猪川地区には牛馬一九七頭が飼育されており、一方成立に争のない甲第七号証の一六によると同地区には放牧地約三五〇町歩(西山にある)、採草地約一六五町歩(西山と今出にある)が存することが、認められ、被告代表者鈴木勝三郎の供述によると、右はもと村有地であつたが現在は猪川地区の共有地であつて猪川地区民は自由に利用することができることを認めることができる。そして鑑定人船越昭治の鑑定の結果によると、年間牛馬一頭当りの生草必要量は二、九〇〇貫であり、一町歩当りの生草生産量は平均一、五〇〇貫と考えられるから、猪川地区は牛馬の飼育のための生草を自足して余りあり、本件利用権を設定するほどの必要はないというべきである。

即ち農地法二六条一項が規定する「必要性」の要件に反するから、この点においても本件裁定は全部違法であるといわなければならない。

もつとも被告代表者鈴木勝三郎は、西山は三里ほど離れておりかつ二二町歩ほど未墾地として買収された、今出は片道一時間ほどかかる上急傾斜地で利用に不便であると供述しているが、この程度のことでは前示認定を覆し、本件裁定が適法であるというに足りない。

8  (生存権侵害の主張について)

原告親権者村上正平の供述によれば同人と原告村上和子とは同一世帯であり、成立に争のない乙第二一号証によれば、村上正平は田四反七畝二五歩・畑一反四畝二二歩・山林二二町三反五畝歩・宅地一九四坪四合四勺を所有しており、原告は本件山林二四町六畝五歩のほかに、田一反二畝二七歩を所有していることをそれぞれ認めることができるので、本件利用権設定により原告らの生活に脅威を与えるとの主張は理由がない。

これを要するに、本件裁定は、6の点において一部違法であり2・7の点において全部違法であるから、これを取消すべきものとし、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 瀬戸正二 矢吹輝夫)

(別紙省略)

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